楽しいワーカホリック

2011/10/15 05:07

働くということが、自分自身を抑圧することにつながることが一番嫌いである。

それは周囲の人に対してもそう。

それは、自分を活かして、自分のビジョンにしたがって苦労することとは異なる。

自分の思いとは無関係に、自分を押し殺して、我慢するということが、どうにも生理的に受け容れがたい。そういう意味では、むしろ我慢強くない方がいいと思っている。

それは好き勝手に自由奔放にふるまうこととも違う。社会にも仕事にもルールはあるし、約束もある。それはそれで、自分のビジョンを実現するための制約条件として受け容れて、うまく対処しなげればならない。それくらいのクレバーさがないと、自分のビジョンなど実現できない。しかし、可能な限り、制約条件を緩めながら、自分の感性を解き放てるような仕事の仕方が理想だと思う。(フリーアドレスとか、新しいオフィスの形態はそちらにシフトしようとしている。)

だから、ひとり一人の仕事に対する明確なビジョンと、社会人同士としての深い信頼関係があれば、会社としてのルールというのはできるだけない方がいい。

思えばマーケティングの仕事も一昔前まで、かなりの部分が作業の積み上げであり、我慢々々の連続だったが、IT化の進行によって、よりクリエイティブな仕事の内容にシフトしていることは、進歩の恩恵である。

だからといって、何のスキルも創造力もなければ出来ることは作業しかなくなる。だから学ぶことや自分を訓練することは、自分の仕事をよりクリエイティブな領域にシフトし、その結果として、自由を手に入れるための努力だということになる。学ばず、訓練することもなければ、いつまでたっても仕事の奴隷にされてしまう。

より自由でいたいという想いが、目の前の仕事を乗り越えていく原動力になる。

ノマドワーカーとは、ただパソコンを持って街で彷徨う人ではなく、仕事でありながら、その中で、自由を手に入れている人をいうのだろう。


▲ このページの先頭へ